「今日は流星群が来るんですね。」

「流星群?」

テーブルで悟浄とババ抜きをしていた手を止め、新聞を読んでいた八戒の方を振り向く。

「えぇ、数十年に一度の出来事みたいですよ。は流れ星って見たことありますか?」

「ない!見てみたいんだけど、あたしのいる所は空が曇ってて全然星が見えないの。」

「それじゃぁ是非見ないといけませんね。」















「…で、なぜオマエらがここにいる。」

あたし達が今いる所は長安。
三蔵が住んでいるお寺…である。

「もう一度お話しましょうか?今日流星群が来るんです。それでが見たこと無いと言うので…」

「そうじゃねぇだろう!何でここに来たのかって聞いてんだ!」

三蔵がどんっと勢い良く机を叩くと、無秩序に詰まれていた書類の山が音を立てて崩れた。
書類がヒラヒラと宙に舞ってしまったのをみて、慌ててそれを追いかけて拾い集める。
ちらりと三蔵の方を見て見たけど…不機嫌全開の三蔵に手渡す勇気は…今のあたしには無い。

「別に悟浄の家で見ても良かったんですけど、こちらの方が周囲に明りは無いし空気は澄んでいるし…よりよい条件で流星が見れると思ったので…。」

あくまで笑顔を崩さない八戒に三蔵は苛立ちながら席に座った。

「それにこちらにくれば三蔵と悟空もいるし…皆で楽しく天体観測でもしようかなぁなんて思ったものですから。」

「…オマエはセンコーかっつーの…。」

普通なら聞こえないくらい小さな呟きを八戒が聞き逃すはずは無い。

「僕が教師ならきちんと門限を守り、ごみを分別する能力も付けて差し上げますよ。」

「…遠慮します。」



…怖い
八戒の笑顔が怖い…




悟浄が蛇に睨まれた蛙のごとく壁に追い込まれ冷や汗をかいている後ろで、三蔵が机の中から1枚の紙を取り出した。

「おい、夜まで暇ならこれ取り返して来い。」

「は?」
「あぁ?」

「ジープ使えばここまで2〜3時間で行けるだろう。」

「何言ってんだお前!」

「安心しろ。その間、は寺院で保護しといてやる。」

さらりと自分の身柄が移動している事に気付いた。
八戒達の手から三蔵の手へ…

「…取引という訳ですか?」

「さぁな」

「ちょっと待て!何で俺がテメーの言う事聞かなきゃなんねーんだよ!」

「ほぉ…オマエ今すぐ死にてぇんだな?」

「ンな事言ってねーだろ!」

今にも三蔵と乱闘になりそうな所を八戒が間に入って止める。

「悟浄落ちついてください。そんな事している時間が勿体ありません。」

悟浄を三蔵から引き離しつつ八戒があたしの方へやってきた。

「すみません、ちょっと用事で外出する事になってしまいました。夜までには必ず戻りますから三蔵とここで待っていてくれますか?」

「うんわかった。…悟浄も?」

今だ言い足りないのか不機嫌そうに三蔵を睨みつけている悟浄を見る。
あたしの視線に気付いたのか若干腰を落として視線を合わせてくれた。

「誰かさんのオネガイで出掛けなきゃ行けねーんだ。とっとと片付けて戻ってくっから待ってろナ。」

「誰がそんな事言った!」

三蔵が机を叩いて再び立ち上がった。
これ以上長居すると再び睨み合いが始まってしまう。
それを悟った八戒が悟浄の背中を押しながら部屋を出て行った。
あたしは扉から二人に向かって手を振り続け、その背中が見えなくなるまで見送った。

…さて、あたしはどうしたらいいんだろう。

一応あたしの事情は八戒が説明してくれているんだろう…多分。
かと言ってあたしが三蔵と話をした事は…数回。
しかもあまり好い印象は持たれていない…様な気がする。
三蔵はこういう面倒な事は嫌いだろうし、どちらかと言えば係わり合いになりたくないだろうなぁ…って事はあたしってお邪魔虫!?
そんな事を考えながらも二人が帰るまでここにいるしかないので、取り敢えず扉を閉めて部屋の中に入った。



視線を部屋の中へ向ける…悟浄の家と違い三蔵の部屋は必要な物以外はなにも無い簡素な部屋だった。
お寺だからといえばそれまでなんだけど、もう少しあってもいい気がする。
三蔵は相変わらず机に座りなにやら書類をまとめている。
ふとさっき拾った書類の束の事を思いだし、三蔵の所に近付いた。

「…何の用だ。」

うあぁ…やっぱり嫌われてるみたい。
三蔵の迫力に飲まれながらも何とか言葉を繋ぐ。

「あの…さっき拾った書類。番号振ってあったから並べておいたんだけど…」

「そうか…」

「…」



会話終り。

う〜ん何かすごく気まずい。
何か共通の話題は無いもんだろうか…。

その時部屋の扉が勢いよく開いた。

「三蔵ハラ減った!!」

外で遊んでいたのか全身泥だらけの悟空が部屋に入ってきた。

「…毎回毎回どれだけ汚せば気が済むんだこのバカ猿!

スッパーンとハリセンのいい音が部屋に響く。

いてぇ!ごめんって!」

「ハラ減った以外の言葉は言えねぇのか!」

「仕方ねぇじゃん、腹減ってんだから!!」

頭を押さえて次の攻撃から逃げ様とあたしの後ろへ回りこむ。
…あたしって壁扱い?

「人の後ろに逃げてんじゃねぇよ。」

「だってそうでもしなきゃ三蔵また叩くじゃん!」

「叩かれるような事してる方がワリィんだろうが!」

この場合やはり仲裁するべき…だろうか。
そんな事を考えていたら部屋の扉を軽くノックする音が聞こえた。

「誰だ。」

「三蔵様、お忙しい所失礼致します。先程の書類を受け取りに参ったのですが…」

「…まだだ。後で届ける。」

「それではまた後程伺いに…」

「届けると言っている。」

三蔵の声は凄く威圧的…な気がする。
断わる事は出来ない…そんな迫力が感じられる。
あたしがその声に圧倒されている横では、悟空が体についている草や泥を叩いて落としていた。
あ〜・・・部屋の中に泥落とすとまた三蔵が怒るんじゃないかなぁとか思ってたら、再び三蔵の怒声が部屋に響く。

「部屋を汚すんじゃねぇ!」

「だって三蔵が汚れ落とせって言ったじゃん!」

「誰がここで落とせと言った…とっとと風呂に入ってこい!」

再びハリセンが振り上げられたのが見えたのか、悟空は脱兎のごとく部屋を飛び出して行った。

「…ぷっ」

その様子を見て思わず吹き出してしまった。
三蔵がこちらをさっきと同様に見ているのに今は全然怖くない。
悟空と一緒にいる時の三蔵は人として温かみがあるような気がする。



暫らく笑い続けたあたしの名を三蔵が呼んだ。
突然名前を呼ばれた事に驚いて返事が遅れてしまった。

「聞こえねぇのか、こっちに来い。」

「あ…はい。」

「暇ならてめぇも手伝え。とっとと終らせねぇとさっきの奴がまた来る。」

そう言うと机の上にあった書類とさっきあたしが拾い集めた書類の束を渡された。

「さっきと同じように番号順に並べて、抜けている所をチェックしろ。他に何か分からないことがあったらその都度聞け。」

「は…はい!」

三蔵の仕事の手伝いだ!

八戒達がいなくなって自分が何をしたらいいのか分からなかった。
ただ待っているだけじゃ意味が無い。
何かの役に立ちたい…三蔵はそこまで分かっててこの仕事をくれたんだろうか。
そんな事を考えながらその後も言われた事を時間が掛かりながらもこなして行った。





日が暮れ始め三蔵の手伝いが終った頃、悟空が部屋へやってきた。
入れ替わる様に今度は三蔵が部屋を出て行く。

がこっち来るなんて珍しいな。何かあったのか?」

頭がまだ濡れたままだったので、悟空が肩にかけていたタオルで頭を拭いてあげた。

「動かないでね。」

「うん…うわーなんかスゲー気持ちいい♪」

嬉しそうに目を細めている悟空が何だか凄く可愛い。
その後他愛無い話をしていると扉を開ける音が聞こえ、そこに八戒達が立っているのに気付いた。

「お帰りなさい!!」

帰りを待ちわびていたあたしは思わず八戒に飛び付いた。
今考えればかなり大胆な事をしてるな…。

「ただいま戻りました。なんとか夜には間に合いましたね。」

そう言ってあたしをぎゅっと抱きしめてくれた。

「…チャン…オレは?」

「あ、悟浄もお帰りなさい!」

「も…ってオレは八戒のオマケかよ。」

はぁ〜と溜息をついてから、悟浄があたしの頭をぽんぽんと叩いた。
そのまま三蔵が座っていた席まで移動すると、手にしていた風呂敷を机の上にドカッと置いた。
暫らくすると三蔵が部屋に戻ってきたので、あたしは取り敢えず部屋の隅で一生懸命走ったであろうジープの背中を撫でながら話が終るのを待っていた。

「お待たせしました。さて、外へ行きましょうか。」





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